自分がいる場所に気づけるとずる賢く生きれる話

生きやすくなるかも
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今回は、「賢さ」はテストがどれだけできるかだけではない、という話をシェアしようと思います。



賢さには種類がある

「自分は賢くない」と思うことってありますよね。

「頭がよくない」「勉強もできないし、すぐに忘れちゃうし」みたいな。


そういう時は、「覚えれるか」の賢さではなく、別の種類の賢さに目を向ける方法もあるんですね。

それに気づけると、「あ、このままでもいいんだ」と楽になるかもしれません。



一般的な賢さとは「覚えれるか」

一般的に「あの人は賢い」「頭がいい」というときって、「暗記力」の話をしてるんですね。

「暗記力」というのは、「どれだけ人が言ったことを頭に入れて行動できるか」「どれだけ教科書に書いてあることを頭に入れて、それを紙に書き出せるか」のことです。



なんで暗記力を賢さだと考えてしまうかというと、「学校の成績」をもとに「覚えること」=「賢さ」と考えるようになるわけです。

たとえば、100点満点中90点取れば賢い。60点ならそこそこ。10点なら頭が悪い、みたいな考え方ですね。



なので、一般常識と呼ばれる「学校で習ったであろう内容」を知らないと、「頭が悪い」「賢くない」と判断してしまう、と。


しかし、テストって、自分の頭で考えを発言する場、というよりは、公式を覚えるか披露する場、だったりするわけです。

つまり、教科書をじっくり読んで、理解して、公式を覚えて…とできる人が活躍できるのが、学校という場であり、そこでは「暗記力」をもとに評価がされていると。



賢さとは?

じゃあ、「賢さってなんなんだ?」という話になりますよね。

教科書に書いてあることを覚えれるだけが賢さなのか?


わたしは、賢さには種類があると考えていて、「(自分が無意識にみている)モノの見方を認識できる能力」、も賢さだと思っています。

というのも、自分のモノの見方が認識できれば、「行動の選択肢」を増やすことが可能になりますからね。

なにより、暗記力という1つの賢さだけで判断すると、覚えることには限りがないですし、ロボットには勝てませんからね。



ビルの高さの例

具体的な例を使ってみてみましょう。

なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』では、「認識論」について以下のような例が紹介されてます。

三歳や四歳、五歳くらいまでの子どもは、ビルの下を見て言う ー 「見て!あの人たち、すっごくちっちゃいね!」。けれども、八歳、九歳、一〇歳くらいになると、自分の認識という行為そのものを客観視できるようになる。「見て!あの人たち、すっごくちっちゃく見えるね!」と言うようになるのだ。

なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践


つまり、3歳〜5歳くらいまでの子どもは、自分がビルの上に立ってること、「高いところにいる」と思っていないわけですね。

実際に、「人が小さくなった」「車が小さくなった」と考えるわけです。

一方で、8歳〜10歳くらいになると「自分が高い場所に立ってる」とわかると。



テレビの例

他の例でいえば、小さいころにテレビを見て、「箱の中に人がいる!」と思ったことはありませんか?

また、収録して放送していると思わず、「全部生放送」と思ったことはありませんか?


これらは実際小さい頃のわたしが思っていたことなのですが(笑)


ようするに、「自分がいる場所がわかる」「自分の状況に気づける」、というのは「モノの見方が変わる」「違う視点で物事を捉えれる」という、1つの賢さになるわけです。



頑張ってるのにうまくいかない

なんで自分がいる場所がわかること、が賢さになるかというと、自分に合った環境を選びやすくなるから、なんですね。

というのも、「なんで頑張ってるのにうまくいかないんだ」というケースは、自分に合った環境ではない場所で頑張ってる可能性があるんです。


たとえば、先ほどの「暗記力の賢さ」の例では、「日本の学校」という場所が「教科書に書いてあることを頭に入れて、紙にかける人が評価される場所」だというのがわかります。



で、もし自分が「暗記は苦手で教科書も読めないけど、自分の意見を話すのはめっちゃ得意」というタイプだったらどうでしょう?

日本の学校という場所では「言われたことをこなすこと」「教科書通り」が評価されるのに、自分の考えを発表したり、意見を書けば書くほど、評価が下がるわけです。


つまり、自分が自分らしくあればあるほど、そして、自分ができることをすればするほど、想いとは逆の方向に評価されてしまうわけです。

こうなると生きるのも辛くなりますよね。
「なんで頑張ってるのにうまくいかないんだ」と。


逆に、「自己表現」「自分の感想をかく」というのが評価される場所にいけば、圧倒的い生きやすさが変わりますよね。

自分が普段からしていることがどんどん評価につながるわけですから。


ようするに、自分が生きやすい環境を選ぶのに、「自分がいる場所がわかる」というのは助けになる、というわけですね。



考え方にもいえる

この「自分がいる場所に気づける」のは、考え方にもいえることなんですね。


わたしたちは知らない間にいろんなメガネとかサングラスをつけてるんですね。

たとえば、列は割り込みしちゃいけない、遅刻しちゃいけない、休んじゃいけない、とかいろんな気づかない固定概念があるわけです。

そうやって、知らない間に「サングラス」「VR」「メガネ」をたくさんつけることで、「みえる景色」の色味が変わってると。


そして、「生きづらいなぁ」と感じる時は「景色の色が悪いなぁ」と感じる時で、「こうしなきゃいけない」っていう固定概念のサングラスをたくさんかけてたりすると。


でも、その景色の悪さの原因は「誰か勝手につけたサングラス」だったりするんですね。


なので、そういう誰かのサングラスをつけてたことに気づければ、「あ、今までのは違う色で景色を見てたのか」とわかり、サングラスを外して、自分が違う景色をみることができるようになるわけです。



まとめ

今回は「賢さの種類」について紹介しました。


ひたすらがんばる!というのもありですが、無駄な努力は避けたいですからね。

なので、自分がいる環境が「何を基準に評価されるのか」というのに目を向けてみるのもありかもしれません。


そして、「評価基準に合わせる」のではなく、「自分のスタイルに合った環境というのを選択していって、自分が自分らしくいればいるほど評価される環境をつくっていける」と楽しくなるかもしれません。

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