英語学習がつらくなる理由と完璧主義の辛さから離れる方法

さからわない英語学習

 

今回は、「英語学習がつらくなる理由」と「つらさから離れる方法」をシェアしようと思います。

 

 

完璧になろうとするとつらくなる

 

英語学習が辛くなる理由は、「完璧になろうとする」からなんですね。

 

  • 相手の言ってることがわからない
  • 言いたいことが言えない
  • 文法が完璧じゃない
  • 単語を知らない

 

「自分ができないこと」に注目して、「こんな状態で英語を話していけない」と思ってしまうと、英語を使うことがどんどん怖くなっていきます。

 

そして、英語を使うたびに、「自分ができていないことばかり」気になってしまい、英語を使うことがつらく感じ、やめてしまうわけです。

 

 

英語なんて重要じゃない

では、どうすればいいのか、という話なんですが、
そもそも「英語なんて重要じゃない」んですね。

 

これは、「英語を勉強することが無駄だ」とか、「英語なんていらない」ということではなくて、
もし本当に「完璧な(ネイティブっぽい)英語が必要なら、バイリンガルがいる」ということです。

 

バイリンガルをどう定義するか、は今回のトピックではないので飛ばしますが、
今の時代、小さい頃から英語と日本語に触れていた結果、2つの言語が話せる人はたくさんいます。

 

もし英語を話すのに「小さい頃から英語と日本語に触れている」必要があるなら、
もし英語を話すのに「ネイティブ的な感覚」が必要なら、
バイリンガルに任せればいい、ということです。

 

極端な言い方をしているので、勘違いしないで欲しいですが、
「バイリンガルがえらい」とか「ネイティブがえらい」ということを言ってるのではありません。

「もし」”本当に”ネイティブのような英語しか許されない世の中だったら、
もうバイリンガルがいるよね、ということです。

 

そもそも論として、「バイリンガル」のようなコトバを上手に扱えるヒトがいるんだから、
そもそも「英語を勉強する必要なんてない」わけです。

 

 

英語はやらなくていいもの

 

もう1つ「英語が重要じゃない理由」があって、それは「やらなくても生きていける」ということです。

 

少し想像して欲しいのですが、今、まったくお金も家もない、「ホームレスになった」としましょう。

食べ物もない、家もない。

 

そんな状況で「よし、英語の勉強をしよう」とはなりませんよね(笑)

「単語の勉強はつらいから、発音の練習をしよう」とか言ってられないですよね。

 

 

まずは、食べ物とか家がいる。

 

とりあえず、バイトをするとかして、お金を手に入れたり、
住む場所を見つけようとしますよね。

 

その時、別に「英語が絶対必要」ってわけではなくて。

コンビニでも、スーパーでも、服屋さんでも、日本語がある程度話せたら問題ない、と。

 

 

つまり、「英語」に限らず、「言語を学ぶこと」って、『やらなくていいこと』なんですね。

家があって、食べ物があるからこそできるわけです。

 

 

楽しいからする、という理由でいい

 

ここまで、

バイリンガルのように、コトバを上手に扱えるヒトがいること、やらなくても、仕事は見つかることから、『コトバを学ばなくても問題はない』ということを説明してきました。

 

「じゃあ、英語を勉強する必要なんてないじゃん」ってなりますが、
まさしくそうなんです。

 

え?って感じですよね(笑)

 

「え?じゃあ、なんで英語を勉強するの?」ってなると思いますが、
「英語を勉強する理由」は「楽しいから」です。

 

先ほども説明したように、英語を勉強する必要なんてないんです。
英語ができなくても、生きていける。
英語ができないなら、英語をできる人を雇えばいい。
最近は、なんとなくでも、インターネットを使って通訳をすることもできる。

 

なら、「英語って勉強する必要ない」。

その上で、英語を学ぶ理由は「楽しいから」以外の何者でもないんです。

 

コトバを学ぶのは、音楽みたいなもの

 

ここで、英語に限らず、言語を学ぶこと全般にいえることがあります。
「言語を学ぶ理由」、それは「楽しいから」でいい。
言語を学ぶのに、「つらさ」は追求しなくていい、ということです。

 

言語を学ぶことっていうのは、「音楽」みたいなものです。
「音楽」って別になくても生きていけるじゃないですか。

 

「音楽」を聞いたからといって、お腹がいっぱいになるわけじゃないし、のども乾く。
家が急に建つわけでもないし、お金をもらえるわけじゃない。

 

「じゃあ、音楽っていらないよね」っていう風にはなりませんよね。

音楽を聴いてたら、「楽しい」「元気が出た」「感動した」とか、そういったワクワクを刺激してくれるわけです。

 

 

言語を学ぶこと、英語を学ぶことも同じです。
英語を勉強したからといって、お腹がいっぱいにはなりません。
のども乾きます。
家はもらえないし、お金ももらえません。

 

「じゃあ、言語っていらないよね」とはならなくて、
やっぱり、話して通じ合えた時のワクワクとか楽しさがあるわけです。

 

完璧を目指すと楽しくなくなる(友達と話す例)

 

日本語でも、友達と話すのに、理由はいりませんよね。
だって、楽しいから。

 

友達と話してて言い間違えたら、それはそれで笑い事になるし、
自分でも何が言いたいかわからない時もあると思います。

 

話してて、「あれ?何が言いたかったんだっけ?」みたいな(笑)

 

こういう間違いって、本当はおもしろいことなのですが、
「完璧」を目指せば、やってはいけないこととして、「間違い」としてつらいことになってしまいます。

 

なんで「おもしろいこと」が、いきなり「つらいこと」に変わるかというと、
「話したいこと、伝えたいこと」に注目してるのか、「文法的な正しさ」に注目しているのか、に違いがあるからです。

 

表現道具としてのコトバととらえると楽しくなる

 

なにか伝えたいことがあって話すとき、「話してるコトバの正確さ」ってあまり気にならないものだったりします。

 

もちろん時と場合によりますが、友達と話していて、なんかすごい感じを表すのに
「マジ卍」っていったりしますよね。

 

ここで「その日本語は間違ってる」と真面目にいう人がいたら、すごい場が冷めますよね。
ただ「自分の気持ちを表現するため」に「マジ卍」といってるだけであって。

 

つまり、「気持ちを伝えるため」コトバを話すときは、「コトバ」が表現方法の1つに変わるわけです。

 

それは、紙に文字を書く時の「えんぴつ」だったり、
メールを書くときの「パソコンのキーボード」に近い感じです。

 

コトバを表現道具の1つとして使う場合は、コトバはそんなに重要じゃなくなる。
大切なのは「楽しさ」であり、「なにを伝えたいこと」だったりするわけです。

 

この感覚に気づけると、英語を完璧に話さなければいけない、という呪縛から離れるかもしれません。

 

まとめ

 

今回は、「英語学習がつらくなる理由」と「つらさから離れる方法」をシェアしました。

 

完璧を目指すと楽しさがなくなり、英語学習がつらくなるので、「気持ち」を伝えるための道具としてコトバをとらえると、楽しさが見つけやすくなるかも。

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