イラつくヒトも体の一部だと考えるとイライラしなくなる話

生きやすくなるかも
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今回は、

イライラしないようになるためには、受け入れることが大切で、
受け入れるための方法

をシェアしようと思います。

 

受け流すのが上手な人のアドバイスがなぜか機能しない

 

生きていれば、イラつく人、腹たつ人がいたり、思い通りにいかないことが起きるじゃないですか。

このとき、「うまく流す」できるかどうかが精神的な負担とか体調に影響してくる、と。

 

で、「うまく流す」のが得意な人に、どうやって嫌な出来事を受け流してるの?と聞くと、

「『まぁ、そういう人もいるよね』とか、『まぁ、そういうこともあるよね』って考えるようにしてる」

って返ってくるんです。

 

 

なるほど、と思いつつこのやり方を実践するんですが、
やっぱり「腹たつ人は腹たつ」し、「怒られたりしたら気分がモヤモヤ」するわけです。

 

自転車はペダルをこいでも乗れない

 

休日なのに、嫌なことをずっと考えてしまったり、腹たつ人の言動をずっと考えたりしてしまう。

 

「腹たつ人もいる」「嫌なことも起きる」
そう考えても、うまく受け流せない。

 

この状態は、「知識としては理解してるけど、実際どうやるかがわからない状態」です。

 

 

例えば、自転車に乗ったことがなく、自転車に乗っている友達に「自転車の乗り方」を聞くとします。

 

で、友達は「自転車は、ペダルをこげば前に進めるよ」
と教えてくれます。

 

そうすると、「なるほど、ペダルをこげば自転車は乗れるようになるのか」
と「頭で、知識でわかる」状態になります。

 

でも、実際に自転車に乗ってみると、うまくバランスが取れなくてこけてしまいます。
「ペダルをこいでも自転車乗れへんやん」、と。

 

「受け流す」という感覚は「自転車でバランスをとる」のと同じ

 

じゃあ、なんで自転車に上手く乗れないかというと、
「自転車に乗る」のって、すごく「感覚的」なんですよ。

 

「自転車でどうやってバランスとるの?」って聞かれても、
「いや、バランスをとる、というか、もう乗りまくってたら、なんかバランス取れるようになって、そしたらそのあとは問題なく乗れるよ」
って感じじゃないですか。

 

 

「じゃあ、『嫌な人もいるなぁ』とか『嫌ことも起きるなぁ』って、何回も受け流してたら慣れるの?」って思う方もいるかもしれません。

 

しかし、「自転車はペダルをこぐと乗れるよ」っていう「自転車の乗り方の『知識』」と同じで、
その「嫌な人もいるなぁ」って考えるのは、「受け流す方法の『知識』」に過ぎず、実際には”受け流している”わけではありません。

 

 

『受け流すのが上手な人』は、「うーん、なんか『受け流す』っていうか、なんか受け流しまくってたら、なんか受け流せるようになってて、そしたらそのあとは問題なく受け流せるようになったよ」って感じなんですよ。

 

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実際に「受け流す」とはどういうことか?

 

「受け流す」とは「見えるものを体の一部」だと考えること

 

では、「実際に自転車に乗る」と同じように「実際に受け流す」のはどうやってやるかというと、「イラつくヒトも自分の体の一部だと考える」方法です。

 

「ん?どゆこと?」ってなっちゃいますよね(笑)

 

では、少し例を使って説明したいと思います。

 

ポップコーンについて考えないでください

 

そもそも、「イラつくヒト」と出会ったり、「嫌なこと」があったときに、そのことを忘れようとするのは逆効果なんです。

 

たとえば、

「『ポップコーン』について考えないでください」

と言われたとします。

 

そうすると、まず「ポップコーン」と聞いた瞬間に「ポップコーン」を思い浮かべてしまうわけです。

 

そして、「ポップコーン」以外のことを考えようとして、「『りんご』だけを頭の中にうかべよう!」考えたとします。

 

では、「『りんご』だけを頭にうかべた」時は、「『ポップコーン』について考えていない」といえるのでしょうか?

 

このときに『りんごだけ』を考えていたとしても、『ポップコーン』のことを考えていることになります。

 

ポップコーン以外を考えてもポップコーンを考えてしまう理由

 

なぜなら、「『りんご』と『ポップコーン』は違うもの」だと知っているからです。

 

そもそも『ポップコーン』以外の何かを思い浮かべるには、『ポップコーン』がなにかを知らないといけません。

 

で、『ポップコーン』は、「小さくて白い、カリカリ音がなる食べ物」ということを”すでに知っている”から、

「小さくて白い、カリカリ音がなる食べ物」”以外”を思いうかべよう!

となるわけです。

 

 

つまり、頭の中は、

「『りんご』は、拳くらいのサイズの、赤くて丸い、少し甘すっぱい食べ物。
だから、『ポップコーン』、すなわち『小さくて白い、カリカリ音がなる食べ物』ではない。
よし、『りんご』は『ポップコーン』ではない。
『りんご』を頭の中に浮かべるんだ!」

となっているわけです。

 

 

なので、「『ポップコーン』以外のものを頭の中に浮かべる」方法は、「小さくて白い、カリカリ音がなる食べ物”以外”」という前提のもと話が進んでいるので、結果的に『ポップコーン』を思い浮かべてしまっているんですね。

 

 

ようするに、りんごでも、レモンでも、みかんでもいいですが、「〇〇だけを頭の中にうかべよう!」と考えた瞬間に、

「(『ポップコーン』、すなわち『小さくて白い、カリカリ音がなる食べ物』でない何か)だけを頭のかにうかべよう」

となっているわけです。

 

忘れようとするのではなく、受け入れる方法を知ると楽になる

 

この『ポップコーン』を「イラつくヒト」や「嫌なこと」と置き換えてみてください。

 

「イラつくヒト」について考えない、「嫌なこと」について考えない、
という方法は、「『イラつくヒト』は〇〇をするヒトだから、〇〇をするヒト以外を考えよう」のように、結局「イラつくヒト」や「嫌なこと」について考えてしまうことになってしまうわけです。

 

 

じゃあ、どうすれば「イラつくヒト」や「嫌なこと」を忘れることができるのか?となります。
で、ここで重要なのが、「忘れる必要はない」ということです。

 

「忘れようとする」のではなく、「受け入れてしまう」んです。

 

 

すでに「受け入れているもの」から、「受け流し方」を学ぶ

 

で、「受け入れるため」の方法としては、すでに「受け入れているもの」から考えるとわかりやすくなります。

 

それが、「体の機能」です。「体の機能として存在しているもの」という感覚で、「イラつく人」や「嫌なこと」をみるんです。
こうすることで、「受け流す」ことが可能になります。

 

具体的にどういうことかを、気をつけなければいけないことを通して説明していきます。

 

注目してしまうと、問題が生まれやすい

 

「受け流すとき」に気をつけなければならないのが、「イラつくヒト」や「嫌なこと」に”注目”することです。

 

たとえば、

「汗をかくこと」

を例にしてみましょう。

 

暑いときや運動をしたときには、汗が出ますよね。

 

汗が出るのは、熱くなりすぎた体温を調節するためであって、なにも変なことではないわけです。

 

 

でも、この「汗」に注目してしまって、逆に「汗が出てしまう」ことがあるんですね。

 

たとえば、汗っかきの人は、「汗」に注目してしまって、「やばい、めっちゃ汗出てる。どうしよう。」と考えて、逆に緊張してきて汗が出ることがあります。

 

 

汗を気にしてしまって、人混みが嫌になったり、人の視線が気になるようになったり、人と会うのが億劫になってしまう可能性もあるわけです。

 

 

本来、人の体温調節機能として備わっていることなのに、汗が気になる人、すなわち「汗に注目する人」からすると、「なんで汗がでるんだ!」と悩み、「汗」が「新たな汗をかく原因」になったり、「違う悩み」を生むことになってしまうことがあるわけです。

 

「痛み」に怒る人はいない

 

他の例でいうなら、「痛み」があります。

 

たとえば、「ヒジを机の角にぶつけてしまった」ら、痛い!と感じますよね。

痛みは、自分の体が危険な状態であることを知らせてくれる機能なわけです。

 

 

だから、怪我をして痛いときに、「なんで痛みを感じるんだ!」と思う人はいないわけです。
だって、「痛みを感じる」のは「人間の体の機能として備わっているもの」だからです。

 

 

突き指や骨折をして、「痛い!」と思うことはあっても、「なんで痛いんだ!痛覚よ消えろ!」と言ってる人はみたことがありません(笑)

 

 

「痛み」は生きていて、怪我をすれば感じるもの。
「汗」は生きていて、暑いと感じれば出てくるもの。

 

 

つまり、体の機能として存在していることであれば、「そういうもの」として「受け入れれる」わけです。

 

そして、この「体の機能として存在していること」という感覚で、「イラつく人」や「嫌なこと」をみることで、「受け流す」ことが可能になるわけです。

 

まとめ

 

今回は、「イラつく人」や「嫌なこと」を受け入れる方法、受け流す方法をシェアしました。

 

「こういう人もいるんだなぁ」というのは、「暑いから汗が出てる」のように、
自分の体の一部として考えることに似ています。

 

受け流すのが上手な人は、「イラつく人」や「嫌なこと」に対して執着せず、そういうものとして受け入れている。

 

「そりゃ、怪我したら痛みを感じるでしょ。」
「そりゃ、暑かったら汗かくでしょ。」

 

そんな風に目の前の人を自分の体の一部だと考えれば、楽に感じると思います。

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