今回は、「なんとかなる」と思える強さは創造する力から生まれる話をシェアします。
マスクがない時の例
結論からいうと、「なんとかなると思える強さ」っていうのは、「創造する力」なんですね。
たとえば、ニュースで取り上げられてたんですが、中国でコロナウイルスが流行りはじめたときに「マスク」がなくなった時期があったんですね。
そのときに、中国に住んでいる人たちは、「バンダナ」や「ガスマスク」などをマスク代わりにしてて、中には「グレープフルーツの皮」をマスク代わりにしてる人もいたんですね。
「えー!」みたいな(笑)
つまり、「創造する力」がなければ、「マスクがない。どうしよう…」となってしまうわけです。
が、「マスクがない。でも、これでどうにかいけるかも」と考えることができれば、「なんとかなるかも」と思えるわけです。
で、実際中国に住んでいる人たちが「なんとかなる」と思ってたかはわかりませんが、「なんとかなると思える強さ」って、こういう「創造する力」で、その1つの方法が「他のモノで代用しよう」「自分でつくっちゃおう」と考える力なんですね。
外のモノの安心感は失いやすい
人って、所持することで「安心感」をえたい生き物だと思うんですね。
たとえば、「たくさんお金がほしい」っていうのも、楽に生活したい、というよりは、「一生食べるものや住む場所を心配せずに生きたい」という安心感が欲しかったりして。
で、お金などの「外のモノの安心感」っていうのは「奪われる可能性のあるモノ」でもあります。
家やお金も盗まれたり、燃えてなくなることって簡単にあるわけですよ。
つまり、「持つこと」って「失う可能性」をひめてると。
で、「お金」のような物質的なものでなく、内面的なモノでも同じことがいえるんですね。
たとえば、気力も、愚痴ばかり聞いていたら奪われり、感情も悲しいことが起きたらすぐに変わってしまうじゃないですか。
そういう風に、「外のモノの安心感」って簡単になくなりやすい、と。
創ることは減らない
一方で、創造する力って基本的に「生み出す」が前提で「なくなる」の視点がないわけです。
すなわち「失うものがない強さ」があるわけです。
どういうことかというと、「創造する力」があれば、仮に何かをなくなったり、失ったりしても、「自分でつくってみよう」と切り替えれるわけで。
つまり、「持っているもの」に対して執着がなく、身軽、なんですね。
ようするに、「失っても、自分で自分に合う環境を作ればいい」という、自分で自分に安心感を与えることができるわけです。
まとめ
今回は、「なんとかなると思える強さ」は「創造する力」から生まれてくる、という話をしました。
「なんとかなると思いたい」ときは、外のモノに全てを任せるのではなく、自分の身の回りのでできることをしてみるといいかもしれません。