英語を嫌いになるのは、ウケを狙いにいくのと似ている話

さからわない英語学習
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今回は、「英語が嫌いになる流れを、『ウケを狙いにいく』流れ」を通して説明します。

 

英語が嫌になる時期

 

英語学習をしていると、「英語が嫌になる時期」があります。

 

英語を話せるようになる!と決めたのに、「英語の勉強したくない…」となってしまう。
そもそも、「もともと英語が嫌」という人もいるかもしれません。

 

 

今回は、「なぜ英語が嫌になるのか?」の説明と
「どうすれば英語が楽しくなるのか?」の説明をしようと思います。

 

他人に認められようとすると、楽しくなくなる

 

まず、「なぜ英語が嫌になるのか?」の説明をします。

 

「英語を嫌になる理由」は1つしかありません。
それは、「自分の価値観で英語を見てしまうこと」です。

 

もっというと、「自分の価値観で『他人に認められる英語』を身につけよう」としてしまうことです。

 

どういうことかというと、
基本的に、学び始めは楽しいものなんです。

  • 「自分が言いたいことが伝わった!」
  • 「相手が言いたいことがわかった!」
  • 「テストでいい点取れた!」

のように、
『自分の中の勝手な基準』で「英語を話すのって楽しい!」って感じるわけです。

 

 

しかし、”英語ができるようになってくる”と、
他人の英語が気になったり、
すごい人の英語と自分の英語を比べるようになるんです。

 

 

で、「他人に認められる英語」を身につけようとして、「他人の価値観」を通して『英語』を見てしまうと、
どうしても「英語が嫌」に感じてしまうんですね。

 

 

 

この「英語が嫌になる流れ」をお笑いを通してみていきましょう。

 

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「ウケを狙う」と「英語嫌い」の関係性

なにをすればいいかわからないのは、不安の根元

 

「笑い」は相手を笑わせようと意識した時点で滑るということ。

−『よしもとで学んだ「お笑い」を刑務所で話す

 

 

たとえば、「誰かを笑わせてください」と言われたとします。

 

そうすると、

「変顔をすればいいかな?」
「リアクション芸をすればいいかな?」
「一発ギャグがいいのかな?」

「うーん…なにをすればいいかわからない!」

となってしまうものです。

 

 

しかし、冷静になってみると、「日常生活」においては、自然と笑ったり、人を笑わせたりするものです。

 

だけど、「笑わせてください」と言われると難しくなるものです。

 

なぜ「普段できていること」が急に「難しいこと」に変わるかというと、
「ウケを狙いにいくこと」、すなわち「笑わせてください」というのは、「(相手を)笑わせてください」だからです。

つまり、「笑わせてください」は、「他人の価値観に合わせたことをしてください」であり、なにをすればいいかわからなくなる、のです。

 

「誰に対して」がわからないと、なにをすればいいかわからなくなる

 

「誰かを笑わせてください」と言われたら難しく感じるのは、
「誰に」「なにを話せばいいか」がわからないからなんです。

 

好みの顔や味が人によって違うように、「笑い」も人によって違います。

 

「しゃべくり漫才が好き!」という人もいれば、
「シュールなコントが好き!」という人もいます。

 

 

逆にいうと、

「しゃべくり漫才が嫌い!」
「シュールなコントは嫌い!」

という人もいるわけです。

 

 

こうなると、「誰に合わせて『ネタ』を作ればいいかわからない」状況、すなわち「誰に対して話せばいいのか」「誰に話しているのかわからない」状況になります。

 

つまり、「なにをすればいいかわからない」から「嫌になる」のです。

 

なにをすればいいかわからないという不安が、嫌にさせる

 

この「誰かを笑わせてください」がつらいのは、
「これで合ってるのか?」と不安になるからです。

 

だって、話すたびに、「今の間違ってなかったかな?」「今の変じゃなかったかな?」と考えていたら疲れるじゃないですか。

 

 

で、「他人の価値観はバラバラ」というのは、「具体的なことがない」であり、「基準が他人にある」ことです。

 

「基準が他人にある」ことは、先ほど説明したように、

  • 「しゃべくり漫才が好き・嫌い」
  • 「シュールなコントが好き・嫌い」

のように、正解がなくなることを意味します。

 

誰にも好き嫌いはありますからね。

 

まとめ

 

今回は、「英語が嫌いになる流れ」を説明しました。

 

ようするに、英語を話すときに、
今説明したような、「他人に合わせた英語」を話そうとすると、
「正解が無限」になってしまう。

 

「どうすればいいかわからない」から、
英語が嫌になる、わけです。

 

「これでいいのかな?」と考えてしまうから、
英語が嫌になる、わけです。

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