「好き」基準だと選択肢が多くて行動しやすい生きやすさがある話

生きやすくなるかも

今回は「できる」より「好き」の方が選択肢が多くて行動しやすい生きやすさがある話をシェアしようと思います。



好きは選択肢を増やすことができる

「好き」と「できる」って、どっちを基準にするかで行動の選択肢の数が全然違うんですね。

たとえば、「好きなことで生きていく」っていうのがよく物議をかますことってあるじゃないですか。

「世の中そんなに甘くねぇよ!」みたいな。

で、自分がやりたいと思うことで「お金を稼いで、食べてけるか」はまた別の話ですが、「好き」を基準に行動ができる人は、「今後できる数」が無限大なんですね。

たとえば、「食べるのが好き」だったら、「自分で作ってみよう!」と考えて、のめり込んで、いつのまにかめっちゃ料理が上手になってることもある、と。

つまり、今はできないことがあったとしても、今後できる可能性はあるわけです。



「できる」基準は選択肢に制限をかけてしまう


逆に、「できる」を基準にみると「行動範囲」ってすごく狭くなるし、選択肢も自分で制限かけちゃう形になるんですよね。

たとえば、「得意なことを仕事にした方がいい」というのは、「できる」基準の考え方なんですね。

すなわち、ここでいう「得意」とは、どれだけすばやくこなせるかみたいな、「熟練度」と言い換えることができます。


たとえば、ギターを10年間毎日2時間弾いてる「ギターが得意な人」がいたとしましょうか。

で、この人が「仕事」を選ぶときに、「得意なこと」、すなわち「熟練度」で仕事を選ぶとすれば、「ギターを弾く仕事」を選ぶことになります。

逆にいうと、「ギター以外熟練してないから、他の仕事は諦める」という形になって、「自分で選択肢を減らす」ことになります。



熟練度の高さは向いてるわけではない

ここまで、「熟練度が高いもの」を基準に選ぶと選択肢を減らすことになる、と説明しました。

で、「熟練度を基準に選んだ仕事」は自分がやりたくない行動を含む可能性があるわけですよ。

たとえば、「ギターを弾くのが得意な人」で「きっちり曲を弾くのが苦痛な人」「論理的に説明するのが苦痛な人」もいるわけです。

「自分の感情を表現するために弾くのは得意だけど、きっちり弾くのはあんまり…」みたいな。

てなると、「ギターを弾く熟練度が高くても、表現をするために仕事をするのはあり」だけど、「誰かのためにきっちり弾く」「誰かに教えるために弾く」っていうのは仕事に向いてないわけです。

したがって、「個人の幸福度」「個人の快適さ」という視点でみると、「熟練度が高い」は必ずしも自分が向いてる仕事とも言いづらいわけですね。



というのも、「熟練度を基準に仕事を選ぶ」考え方の問題って「人類が生まれたときの人間っぽさ」から離れてるんですよね。

で、この「人類が生まれたときの人間っぽさ」から離れれば離れるほど苦しみやすさはますんですよね。

まあ、「仕事」っていうもの自体がすでに「人類が生まれたときの人間っぽさ」から離れてるわけですが。


(補足ですが、今回のトピックでは「個人のための仕事」に絞って話をしています。なので、社会にとっての仕事、社会のあり方については触れません。
そして、仕事という概念そのものが劣ってる、とか言ってるわけではありません。)



選択肢の数は生きやすさにつながる

で、「好き」を基準に動ける人は、「好きの延長線上で仕事にすることもできる可能性もある」し「自分の楽しみ」を増やすこともできる、わけです。

たとえば、今まで全く音楽を作ったことがない人でも、「好き」を基準に動けば、「これをやってみたい!やってみよう!」みたいに無限に選択肢を増やせる、と。

そして、選択肢の多さは、身軽さであり、生きやすさにつながります。


また、「お!やってみたら意外とできた!」っていう楽しさがあるわけです。
「好きだからできて、苦じゃない。その延長線上で仕事になる」という方が、圧倒的に「生きやすい」ですよね。



選択肢を作れると振り回されにくくなる

自分で選択肢を作れる生きやすさの補足として、「周りに振り回されにくくなる」というのがあります。

すなわち「できる」視点だけだと、「自分ができないものは全部他の人にお願いしなくちゃいけない」という考え方になりがちで。

たとえば、自分が田植えや野菜を育てることができない場合、お店やスーパーで野菜を買う、という選択肢しかないわけです。

で、この選択肢を失いそうになると、生命の危機を感じて、不安になったり、周りに振り回されやすくなる、と。

もちろん「力を借りれる」ならありですが、お金的に厳しいこともありえるわけで。

つまり、何をしようとしても、「誰かの力を借りなければならない」「誰かからもらわなきゃいけない」みたいに考えて、それができないと「終わった…」になる可能性が高くなるんですね。



まとめ

今回は「好き」基準だと選択肢を増やせて、生きやすくなる。「できる」基準だと選択肢の数に制限をかけてしまって、振り回されやすくなる、話をしました。

もし興味があることがあれば、とりあえずやってみるのもありかもしれません。

もし合わなければすぐやめればいいので。

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