愚痴を言いたい時は、その場にとどまると決めてる時な話

生きやすくなるかも
Photo by Maria Pop from Pexels



今回は「愚痴をいいたい時は、その場にとどまると決めてる時な話」をシェアします。



環境の数が少ないと他者を変えようとする

愚痴を言おうとするときって「その環境にとどまろうとしている」ときが多い印象なんですね。そして、「愚痴をいえば他人は変わるものだ」と思い込んでいると。

すなわち、「環境を守ること」に目が向いていて、変える対象が「自分」ではなく「他人」になってるわけです。


たとえば、お菓子を1つ持っていて、「絶対食べる!」と決めていたら、他人にあげるのを少し躊躇するじゃないですか。

でも、3つとか4つ持ってたら、「はい、どうぞ」ってあげることに抵抗が少ない、と。


それと同じで、「この場所は自分の居場所だ!」となると「今ある環境を変えようとする他者」を変えようとするわけです。

もし自分が仕事を2つとか3つ持っていたとして、1つの職場で嫌なことがあれば、「ま、最悪ここはやめてもいいし」と割り切れるわけで。

でも、自分が1つしか仕事を持っていなければ、そこが「生命線」になるじゃないですか。

そうなると、「自分の居場所(=生命線)を必死に守ろう」とするわけで。



愚痴をいうのは他人に変わることを期待してるから

で、愚痴をいうのは「他人に変わることを期待している」と思うんですね。


たとえば、「あの人は〇〇が全然できてない」と言ってる人がいるとしましょうか。

でも、そんなこと言ったって、その人の「感情」も「行動」も変えることなんてできないじゃないですか。

愚痴なんて遠回しな方法を使わなくても、「直接いう」とか「自分が行動を変えてみる」方が圧倒的に楽で早いわけですよ。


でも「愚痴」をいってしまうのは、「自分ではなく」他人が変わること、を期待しているからで。


だって、外から物事はみてた方が気が楽ですよね。

もし自分が何かやり方を変えたら、それにつられて何かが変わるわけです。

それは自分のキャパを超えてしまうことかもしれませんし、他の人から文句を言われることかもしれません。


つまり、環境が変わることは自分が変わることを意味していて、自分にとって予想外のことが起きるのが怖いわけです。

だから、他人に変わってもらうことほど楽なことはなかったりして。



他人の行動軸を自分に向ける

じゃあ、どうやって「愚痴を言わないようにするか」というと、「何かやりたいこと」に目を向ける、という方法なんですね。

先ほども、「複数のお菓子を持っていると1つのお菓子に固執しなくなる」という話をしましたが、「環境を分散」すれば、「1つのこと」が気にならなくなるんですね。


まあ、このブログでは、よく「やりたいことに目を向けよう」という話をしてますが、「愚痴をいう」のは、「他人の行動軸」だけで考えてるわけです。

すなわち、「他人に変わってもらう」もしくは「変わってもらえない」という軸で考えてる、と。

で、「他人の行動軸」だけだと、他人の行動が変わるのを待たなきゃいけないわけです。

その結果、他人が変わらなければ、「なんで変わらないんだ!」ってイライラするし、思った通りの形にならなければ「そういうことじゃない!」とイライラしてしまいます。


なので、やりたいことに目を向けることで、その「他人の行動軸」から離れようというわけです。

というのも、他人に変わってもらおうっていう軸で考えてる以上は、それ以外のことが考えれないので。

そのことを考えないようにするんじゃなくて、「全く違う思考の軸」で考えれば、いつの間にか気にならなくなる、というわけです。



まとめ

今回は、愚痴をいおうとする時は「その場にとどまろう」としてるときで、環境を守ろうとしている、という話をしました。

もし、愚痴を言いそうになったら、「自分がやりたいこと」に目を向けると全く違う発想で行動できるかもです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました