生きる意味を考えるときは単調な作業をしている時が多い話

生きやすくなるかも
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今回は、単調な作業をしてると生きるか死ぬかの軸で考えてしまう話をシェアしようと思います。


人は何かを考えやすい

もそも人って「基本的に何か考えてしまいやすい生き物」なんですね。


たとえば、「生きる意味」を考える時は、決まって「平和な時」なんですよ。
というのも、平和じゃないと、「生きる意味を考える暇がない」
わけで。

もし敵に攻められてるのに、「生きる意味ってなんだ?」なんて考えてたら、やられてしましますよね(笑)

たたかってる時は「闘うことに必死」なわけで。


で、エジプトやギリシャなどで哲学が発達したのは、「生きる意味」を考える余裕があったからです。

もちろん闘ってるときも、「なんのために生きてるんだ?」っていう「生存理由の不安」もありますが、圧倒的に「生きてけるのかな」みたいな「生存の不安」の方が大きいわけで。


たとえば、ウイルスなどが広がるときは、「仕事がなくなって、お金がなくなって、生きていけなくなること」を心配しますよね。

そして、落ち着いたら、「生きてる意味」を考え始めると。


つまり、「人が生きる意味」とかを考える「哲学」とかが生まれるのは、歴史的にも平和なときであるといえます。


単調な作業だと苦しくなりやすい

ここまで、「人は何かを考えてしまいやすい生き物」という説明をしました。
で、「単調な作業」が続くと、「人は生きるか、死ぬか」みたいなことを考えてしまいやすくなることが多いと思うんですね。


たとえば、「お客さんが全くこない待ち受け」をしているとしましょうか。

この状況で、「お客さんがいなくても、何もしてはいけない」だと辛く感じやすいんですね。

すなわち、「お客さんがこないのに、何もしてはいけない、なんて何してんだ自分。こんなことしてても生きてる意味ないやん。」みたいにネガティブに考えやすい、と。

逆に、「お客さんが話しかけてくるまでは友達と電話でも本を読むでも好きなことをしてていい」みたいな感じだったら、辛く感じづらいわけです。

電話をする、でも、本を読む、でも「何か考える対象」があれば、そのことを考えれる。
だけど、「何もしてはいけない」だと、「生きること」について考えてしまう
、わけです。


つまり、「言われたことだけをやって、余計なことはするな」は、「生きる意味」に目を向けやすくなって、「辛くなりやすい原因」といえるかな、と思うわけです。



「思考のふらふら感」が人間らしさ

で、今説明したような「単調な作業」は、会社で働くと起こりやすいんですね。

というのも、「毎日同じ時間に起きて、同じ電車に乗って、同じようなご飯を食べて」だと、「言われたことだけをやって、余計なことをするな」と同じ状況なわけです。

こういう単調さが増えると、「生きる意味」に目を向けてしまって、「生きるか?死ぬか?」を考えてしまう、と。


で、もちろん単調な作業が向いてる人とか、単調な作業が好きな人もいるわけです。

でも、そうじゃない人は、短期的には耐えれるかもしれないけど、長期的にはずっと同じ単調な作業をすればするほど、「生きる意味」を考えすぎて、精神的に辛くなる。



人間らしさは「思考のふらふら感」

じゃあ、こういう「単調な作業で『いろいろ考えてしまう人』」はどうすればいいかというと、「他の考える対象を見つければいい」んですね。


先ほども説明したように、「人は何かを考えやすい生き物」なんですね。
で、「単調な作業」が続くと、「生きるか?」「死ぬか?」の2択について考えやすくなってしまうと。

つまり、「生きる意味なんてない」「生きる意味ってなんだ」ってなってる時は、「生きるか死ぬか軸」で思考が働いてるといえます。

感覚的には、「生きるか死ぬか」について考える歯車とかギアみたいなのがあって、それが脳みそでガチッとハマっちゃってると。


なので、それを「違う思考の歯車」「違う思考のギア」に変えてあげればいいんです。
で、「違う歯車」に変えるには、もっとやりたいことをやるといいんですね。


それは、「闘ってるとき」に「どんな戦術がいいんだ?」とかを考えるのと同じで。

頭で考えるんじゃなくて、体を動かすこと、やってみることで、脳みそを「体動かす歯車」に合わせてあげる


たとえば、ランニングをし始めたら、「跳ねて走ると疲れやすいな。じゃあ、少し重心を落としながら走るとどうなるだろう?」みたいに考え始めると。

小さい頃に砂場で遊ぶのと同じ感じです。
砂場で山を作って、「ここから水を流すと川になるんじゃないかな?」と思って、水を流したりするじゃないですか。


そうやって、やりたいことをやってみる。そうすると、こうするとこうなるんじゃない?って歯車が回り始める

そうすれば、いつの間にか「生きるか死ぬか歯車」が外れてる。


もちろん戻ることもあるんだけど、その時は、またやりたいことをやればいいと思うんです。



まとめ

今回は、人は何かを考えやすい生き物で、単調な作業をしてると「生きるか死ぬかの歯車」が回りやすい。

で、自分のやりたいことをやると違う歯車が回りやすい、という話をしました。


すなわち、人間らしさの一部として、「思考のふらふら感」が備わってる
わけです。

もっというと、「最終的に出てきた『こうだ!』」っていう答えや方法っていうのはそこまで重要じゃない。
それより、「ああなのかな。こうなのかな。」と「思考をふらふらすること」が、人間らしさの一部だと思うわけです。

そう考えると、「悩んでしまう時」ほど、自分が興味あることをやってみて、やってみたいことの中で「ああなのかな。こうなのかな。」って考えると、いつの間にか楽になるかも。

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