価値は測れないし、手に入れることができない話

つくりやすくなる

今回は、「自分には価値がない」という感覚から離れる方法をシェアしたいと思います。

結論から話しておくと、「『価値』は存在しない」、というのが今回のテーマです。

自分に価値がないと思う理由は4つ


そもそも、「自分は価値のない人間だ」という感覚は4つの感覚からくるんですね。

認知療法の本『いやな気分よ、さようなら コンパクト版』の中で、その4つの感覚が、「打ち負かされた」「欠陥がある」「見捨てられた」「剥脱された」と説明されています。


たとえば、覚えるのが苦手だ、と感じるのであれば「自分は欠陥がある人間だ」と感じるでしょうし、面接に何回も落ちたりすれば、「社会から見捨てられた…」と感じるかもしれません。


ようするに、「誰かに先越された敗北感、取り残されてる感」「何をやってもうまくいかない感覚」「誰にも受け入れてもらえない感覚」「自分は恵まれてない、不遇だ」みたいな感覚が、「自分は価値のない人間だ」という感覚を抱かせるわけです。

うつ病者の自己イメージー『いやな気分よ、さようなら』より引用



価値に関する勘違い


ここまで、「自分は価値のない人間だ」と感じる理由は、「他人への敗北感」「何をやってもうまくいかない感」「受け入れてもらえない感」「自分は恵まれてない感」の4つだと説明してきました。


じゃあ、どうすれば自分が価値のない人間だ、から離れるかなんですが、はじめにいったように、「『価値』は存在しない」んです。


え?って感じですよね(笑)

つまり、「価値」とは人間が作り上げた概念であって、そもそも「価値」など存在しない、ということです。

「価値」に対して、同書『いやな気分よ、さようなら コンパクト版』では、


そんなものは存在しないのです。したがって、それを手にすることはできませんし、しようと思っても失敗し、また測ることもできません。

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版

と説明しています。

ここで価値に関する勘違いとして、2つ紹介しておきます。

1つ目は、「価値が測れるもの」だと思っていること
2つ目が、「感情や感覚が価値を決めるわけではない」ということ

です。

順番に説明していきます。

成し遂げたことで「価値」は決まらない


1つ目の「価値が測れるもの」だと思っているですが、そもそも「価値」というのは、主観なので「測れない」んですね。



「自分には価値がない」と考える人がよく陥る考え方の一つに、「成し遂げたこと」を基準に考えてしまうことにあります。

「人生の価値とは、自分が死ぬ時に成し遂げたことによって決まる。」みたいな発想です。

これは「成果」が重視される社会に生きているので、結果を重視した考え方、「成し遂げたこと」を基準に考えてしまうクセがあるなんですが、
たとえば、学校では「成績がいいことがいい」とか、会社では「売り上げが高いことがいい」とかですね。

成し遂げた数が多ければいい、と。


この発想に対して、先ほどの認知療法の本『いやな気分よ、さようなら コンパクト版』では、


自分の業績だけが人生に価値を与えるわけではないのです。業績はあなたに満足はもたらすことができても、幸福をもたらすことはできません。他人の賞賛を基盤にした自己評価は、見せかけであって本物ではないのです。

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版

と説明しています。

つまり、「業績」とは「他人の評価」であり、「他人の主観」でしかないわけです。



たとえば、「昆虫好きな人」とか「ヘビ好きな人」っていますよね。
「クモかわいい!」とか「ヘビかっこいい!」みたいな。

一方で多くの人が「虫嫌い」だったり、「ヘビが苦手」だったりするじゃないですか。
「気持ち悪い!」みたいな(笑)

つまり、「昆虫好きな人」にとっては、「クモ」などの虫が「価値があるもの」になるわけですが、嫌いな人にとっては「価値のないもの」になるわけです。



したがって、「価値」っていうのは主観的だから人によって価値は異なるものになります。その結果、絶対的に価値があるもの、なんて存在しないし、絶対的に価値がないもの、も存在しないわけです。

価値が存在しないことの補足


価値は主観的だから、人によって価値があるものは異なる。だから、価値は存在しない、というのをもう少し説明しておくと、「価値は人があると勝手に信じているもの」ということなんです。

たとえば、「長さ」を「cm」や「m」で表したり、「重さ」を「g」や「kg」で表すことはできるじゃないですか。
「この靴のサイズは26cmです。」とか「お米5kg」とか。

でも、こういう「単位」って地球が誕生した時からあるわけじゃなくって、人類が誕生して、「人が考えたもの」なわけです。



そもそも「単位」なんて存在してなかったし、実質今も存在しないけど、「あると信じているもの」なわけです。

それこそ「経済的な価値」であれば「お金」が基準になりますよね。「このダイアモンドは数億円の価値が!」とか。あとは、「社会的な価値」であれば「地位」が基準になったりするじゃないですか。「社長」とか「先生」とか「市長」とか。



でも、「お金」も「地位」も地球が誕生したときからあるわけではなくって、人類が誕生からの話なわけです。

「紙」に絵を印刷して、「これはお金である。価値があるものだ」といってるだけとか、人が勝手に「あの人は社長だ」とか呼んでるだけですよね。



これと同じで、「価値」っていうのも、人類が誕生して人が作り上げたアイディアでしかないと。
そして、先ほども説明したように「価値」とは「主観的」であって、人によって異なる。



だから、「追い求めても手に入らない」し、「そもそも存在しない」、と。

「あると信じて、思い込んでいるだけ」というわけです。

人の価値は測れない




自分の感情は、自分の価値を決めない


2つ目のよくある勘違いは、「自分の感情や感覚が自分の価値を決める」と思ってることです。

たとえば、「なんか気分が落ち込んでるな」と感じるじゃないですか。
で、とても悲しい気持ちになると。



この時に気をつけなければならないのが、「気分が落ち込んでるから、自分は価値のない人間だ」と考えてしまうことです。


これは、「無理やりポジティブになろう」というものではなく、自分の感情を無視しないで、客観的に向き合うことが重要だ、ということになります。


認知療法の本『いやな気分よ、さようなら コンパクト版』でも、

「自分は良くないんだと主張するとき、自分自身について言っていることにもっと深い目を持つことが第一歩です。」

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版

と、「自分の考え方を客観的にみる」必要があると言っています。


たとえば、


高揚した気分や幸せな気分が、あなたの価値の目安になるのでしょうか?それとも、それらは単にあなたが今良い気分であるという意味だけなのでしょうか?

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版

と。


たとえるなら、配信停止できないメールみたいな(笑)
気分っていうメールが送られてきてると。

で、その中にはもちろん「支払いしてください」とか「これできますか?」みたいな内容のものも混じってるわけです。


でも、「メールを送ってる人」っていうのは、嫌がらせで送ってるわけではなくて、「お知らせ」してるだけなんですね。

そのメールの内容をみて「どう感じるか?」「どう受け取るか?」は自分次第であって、メール自体は、お知らせとして送られてくると。



で、「気分が落ち込んでるから、自分は価値のない人間だ」と考える人は、「こんな内容のメールが送られてくるなんて、わたしはダメな人間だ。価値のない人間だ。」と考えてる感じですね。

(ちょっとわかりづらいかも(笑))




ようするに、感情とか気分って「ただのサイン」みたいなものなんですね。


気分がいいから価値のある人間だ、気分が悪いから価値のない人間だ、ということではなく、感情とか気分っていうのは、ただ単に「自分が『今』どう感じているか」を教えてくれてるだけであって、「価値」とはなんの関係もない、ということです。



そして、繰り返しになりますが、「価値」というのは「主観」であり、測ることができないし、そもそも存在しないんです。

まとめ

今回は、

  • 「価値」は人があると信じているもの。
  • 気分が「価値」を決めるわけではない

という話をしました。

「価値」とか「無価値」とかいうものは人間にとって、むなしい概念にすぎないのです。「本当の自分」という概念のように「個人の価値」もまた意味のないものです。

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版

このように考えると、「価値のある人生」なんてそもそもないのかもしれません。



最後に、個人的にいいなと思った言葉を紹介しておきます。



価値のないことはすばらしいことだ

ー『いやな気分よ、さようなら コンパクト版




以上が、「自分には価値がない」という感覚から離れる方法でした。

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