多様性が重要だ、というと多様性がなくなる話

サステイナブル
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「多様性が重要である」といわれる世の中ですが、
「多様性が重要だ」というと多様性がなくなる話という話です。

 

具体的に多様性を実現する方法の記事はこちら。

 

多様性があると生き残りやすい

 

「多様性が重要である」という主張は、ようするに「いろんなヒトがいた方が『ヒト』という生き物が生き残りやすい」ということなんです。

 

最近、携帯販売の会社で、

  • 中国語
  • 韓国語
  • 英語

など、「話せる言語」を書いているお店がありますが、そういったお店の感覚に近いです。

 

すなわち、「異なる言語」に「対応」できることが「売れること」につながるわけです。

 

 

「多様性がある状況」、たとえば

  • 足が速い人
  • スポーツが苦手な人
  • 暗記が得意な人
  • 10秒で忘れてしまう人

など、いろんな人がいた方が「携帯会社」のように、「いろんな環境に対応できる」ということです。

 

より可能性を残す

 

多様性が重要である、という意見はあたかも正しく思えます。
しかし、多様性というのは、今説明したように、あくまで「より多くの可能性を残すこと」にすぎません。

 

たとえば、ヒトが水の中で呼吸できて、空を飛べて、ごはんを食べずに生きていける、のであれば、「ヒト」という生き物が「生き残る可能性」はグッとあがります。

 

でも、「気温10度をこえると死んでしまう」のであれば、
水中呼吸も、空を飛ぶことも、モノを食べなくて生きていける能力があっても、全滅してしまう可能性が増えます。

 

で、「気温20度でも、30度でも生きていけるヒト」を残すことで、「ヒト」が生き残る可能性が増えるわけですね。

 

 

しかし、「水の中だけで生きていけるヒト以外必要ない!」と言い出せば、
水の温度が10度をこえたら、適応できず絶滅することは確定してしまいます。

 

携帯会社でいえば、「日本語しかいらない!」といって、
「中国語を話すお客さん」を逃して、売り上げが上がらず、倒産みたいな感じです。

 

多様性の罠

 

で、今説明したように、「1つに統一すること」は変化に対応することが難しくなります。

つまり、「多様性が重要だ!」といって、「多様性を『強要』した瞬間」に「多様性がなくなる」ということです。

 

ここに「多様性の罠」があるわけです。

 

「多様性」というものが生き残るために重要であるゆえに、絶対的な正義になってしまうことです。

多様性=正しさになり、「多様性のみ重要視する社会」になってしまえば、それは「多様性のなさ」を作り上げてしまうわけです。

 

まとめ

 

今回は、「多様性の重要性」が多様性をなくす、という罠の説明をしました。

 

では、どうすればいいのか?というのは、どうやって多様性を実現するか?の記事で。

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